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弘前簡易裁判所 昭和46年(ろ)54号 判決 1972年7月17日

被告人 長内国廣

昭二四・三・三〇生 大工

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四六年五月二四日午前零時一五分ころ、南津軽郡浪岡町大字杉沢横断歩道橋付近道路において、法定の最高速度(六〇キロメートル毎時)をこえる一〇五キロメートル毎時の速度で、普通乗用自動車を運転したものである。」というのである。

第二、本件違反取締りの状況と被告人の主張および地点間距離

(一)  (証拠略)によると、

「昭和四六年五月二三日の夜間、証人佐々木、同工藤の両警察官は、パトカーに同乗し、佐々木警察官がこれを運転して交通取締りのため本署を出動し、国道七号線を青森市方面から弘前市方面に向け進行中、翌二四日午前零時一五分ころ、南津軽郡浪岡町字杉沢地内の杉沢横断歩道橋にさしかかる手前において、自車の前方道路左端に被告人運転の普通乗用自動車が停止していて発進するのを認め、これに追従し、同車両が前記横断歩道橋(以下本件横断歩道橋という。)下を経過した付近で同車が法定の制限速度をこえる約一〇〇キロメートル毎時と認めたので、自車との間隔を四〇ないし五〇メートルに保つて同一速度で本件歩道橋から約二〇〇メートル走行した地点で速度測定のためのボタンを押し、サイレンを嗚らして、被告人運転車両を停止させ、被告人に速度計を示したところ、指針は一〇五キロメートル毎時を示していた。」というのである。

(二)  これに対し被告人は、(検察官に対する供述調書および当公判廷)において、

「警察官に速度違反の旨を告げられて、パトカーの一〇五キロメートル毎時の速度計指針を見せられたことは間違いない。しかし本件横断歩道橋の青森よりに一時停止し、発進したことはない。かえつて右横断歩道橋を通過し約二〇〇メートル弘前よりの道路左端に一時停止して小用をたし、そののち発進したものである。発進してから一分もたたないおよそ三〇〇メートル走行した地点でパトカーの取締りにあつて停止したのであるから、その間一〇五キロメートル毎時の高速で走行したとは到底考えられない。現に警察署で交通切符に署名指印したのち、同乗していた友人三名とともに自車で、先に一時停止した地点から取締りにあつて停止した地点までの間を、実験のため、二、三回走行して速度を測つたが、せいぜい七〇キロメートル毎時が最高の速度であつた。」

と主張する。

(三)  (証拠略)によると、証人佐々木が検証時、被告人運転車両が一時停止していたと指示する地点(同調書添付図面表示のB点、以下単にB点という。)と本件横断歩道橋までは約七八〇メートル、歩道橋から被告人運転車両が取締りにあい停止したと同証人が指示する地点(同図C点)までは約五五〇メートル、右B点とC点間は約一、三〇〇メートルであり、被告人が検証時、小用のため一時停止したとして指示する地点(同図イ点)は、本件横断歩道橋から弘前よりに約二五〇メートルの地点であつて、右イ点から取締りにあい停止したと同人が指示する地点(同図D点)までは約三四〇メートルであり、右C点とD点間は約四〇メートルである。B、イ、CおよびDの各点はいずれもアスフアルト舗装の国道七号線路上であつて、各地点間はほぼ直線道路である。

第三、被告人運転車両が一時停止し、発進した地点

(一)  証人佐々木、同工藤の右地点についての証言の信用性

(1)  (証拠略)によると右の地点について両証人は、次のとおり指示特定する。

(イ) 証人佐々木は、被告人運転車両の一時停止し、発進した地点は高屋敷駐在所から約一五〇メートル弘前よりの道路わきであると繰返し供述し、かつ右地点は、同証人が日ごろ定域測定式で測定するに際し設置するを例としている点から約五〇メートル弘前よりの地点でもある(と相対する点は駐在所よりにあり、間は一〇〇メートルに設置するとする。)と説明し、また検証に際しては農道入口地点として指示(B点)するのであるが、検証調書によると、B点は高屋敷駐在所から弘前よりに約三四〇メートル隔つた地点にある。

証人工藤は、被告人運転車両が一時停止していたのは高屋敷駐在所から弘前よりに一五〇メートルの地点であると述べながら、次いで二〇〇メートルないし三〇〇メートルであると供述し、一方右地点は、前記定域測定式による点から弘前よりに約五〇メートルの地点でもある(点は駐在所よりにあり、と相対する点は駐在所から弘前よりに三〇〇メートルの地点にあるとする。)とし、また同証人は証人佐々木の指示する前記B点付近でもあると供述する。

(ロ) 前記一時停止車両を証人佐々木らが目撃した際の両車両間の間隔について、証人佐々木は約一〇〇メートルとし、証人工藤は一五〇メートルないし二〇〇メートルとするところ、検証調書によるとB点とパトカーの位置(A点)との間隔は約七六メートルにすぎない。

(ハ) 更に、昭和四七年一月二八日付佐々木警察官から検察庁に対する電話受書によれば、「被告人車両が一時停止していた地点と取締りのため停止した地点間の距離として八〇〇メートルと捜査報告書にあるのは目測による誤りで一、二〇〇メートルが正しい。」旨の記載があり、本件取締り当時、同証人は、被告人車両が一時停止した地点との間を目測とはいえ八〇〇メートルと測定したことがうかがわれる。

以上のように、両証人の検証時における指示点と法廷等における供述地点との間には少くない距離の誤差が認められるのであり、一方定域測定設置点(点および点)との関連における特定が両証人間において相異することおよび目測によるものとはいえ一、二〇〇メートル間を八〇〇メートルと測定したことは、夜間、走行する車両上から目撃したものであり、また目測であるとしても、両証人の現地付近における交通取締り経歴などに徴すると、その各指示特定について不正確かつあいまいであるといわねばならない。

(2)  証人佐々木は、被告人運転車両が一時停止し、発進したことおよびその地点に関して、

「被告人は取締り現場において、すなおに違反を認め、本署においてむりなく交通切符の供述書に署名指印し、取調べが終了したのち一人で署に入ってきて、停っていて発進したのだからそんなに出ていないといつてきたが、自分はそんなことは検察庁でいうようにといつたら納得して帰つた。」と述べ、「そして一〇分ほどしてまた三、四人と一緒に署にきて、そんなに出ないから実験してくれといつてきた。初めすなおに認めていたのに、どうしてそういつてきたのか納得できない。」とも述べ、(第二回公判期日)また、「被告人が三、四人できたとき、被告人らから三〇〇メートルぐらいしか走つてないとか停つていた地点はどこかという場所についての具体的な話はなかつた。」と述べながら(当裁判所の尋問調書)、前同尋問調書において、「自分は被告人を取調べる際、被告人は一旦停止してだんだんスピードをあげていつたと説明している。」と述べ、「被告人の調書をとつたのち被告人が三、四人と一緒に署にきた際、被告人が横断歩道橋の二〇〇メートルぐらい手前のところに停つていたといつたのを確かにきいている。」とも述べ、更に、「取調べの際自分は被告人に対し、あそこ(同証人が指示するB点付近)に停つてからスピードを出したと話した。」「被告人は、高屋敷駐在所のところに停つていたといつた。」と証言するのであるから、取調べ中における一時停止した地点の証人および被告人らの供述説明として、あいまいな証言内容であると認められる。

(3)  証人佐々木、同工藤は、それぞれ理解できない行為であるとしながらも、証人工藤は「交通切符の作成が終って被告人が一旦出てまたきた際、同人は歩道橋の手前に停つていたといつていた。」とし、証人佐々木は、「交通切符に署名、指印したのち一〇分ほどして被告人は一人できて、停つて発進したのだからそんなに出ていないといい、更に一〇分ほどして三、四人と一緒にきた際には、被告人が横断歩道橋の手前二〇〇メートルのところに停つていたというのをきいたというのであるから、(証人佐々木は、被告人が取調べ終了ののち三回きたが、それは、そんなに速度が出ていないから検証して調べて欲しいとの趣旨であることを認める。)取締り警察官としては、深夜即時に現地において速度を試みることは相当でないとしても、被告人の弁解を解明し、後日において、被告人の主張する地点ならびに証人らの目撃地点につき現認報告書などでこれを明らかにし、もつて捜査の万全を期するのが、迅速処理を旨とする交通切符による場合といえども例外ではないと解されるのであるのに、右地点を明確にした証拠はなく、かえつて昭和四七年一月二八日にいたつて、前記のとおりパトカーで測定したとして、二地点間の測定距離のみを訂正する旨の検察官に対する回答をしていることがうかがわれるのである。

(4)  以上によると、証人佐々木、同工藤が検証時に指示する地点(B点)または法廷などで供述するその周辺地点に、被告人運転車両が一時停止し発車した旨の両証人らの証言はたやすく信用できないものがある。

(二)  被告人運転車両が本件横断歩道橋の手前、前記イ点に一時停止し、発進したとする被告人の主張について

(1)  被告人は、検察官に対する供述および当公判廷において、一〇五キロメートル毎時の速度違反を強く否認するのであるが、そればかりでなく否認の理由として、前記のとおり警察官の取調べをうけたのち、自ら一時停止地点と取締りにあい停止した地点との間を自車で走行してその最高速度を測定し実験したというのであるから、この点について検討する。

(2)  (証拠略)を総合すると、先ず、

「被告人は、警察官の取締りにあつたのち佐々木警察官らに本署に同行を求められ、本署において、同警察官の取調べをうけて交通切符に署名指印したのであるが、そののち警察署の庭に待つていた小山内、杉沢ほか一名の友人を呼び入れ、佐々木警察官に対し速度の実験をして欲しい旨申立て、佐々木警察官はこれを拒否したこと、被告人は友人らと共に自車(パブリカ一〇〇〇C・Cクラス)を駆つて現場に赴き、被告人が検証時指示したイ点と取締りにあい停止した地点との間を二、三回にわたり走行してその最高速度を実験し、右速度がせいぜい七〇キロメートル毎時であることを確かめ、次いで本署に戻つて佐々木警察官らに対し、執ようなまでも同旨申立をなし、他の警察官も介入しこれを拒否したのでやむなく午前二時ころ本署を引揚げた。」

以上の事実が認められるところ、さらにこの間の事情として次の事実が認められる。

(イ)「被告人は取締りにあつて停止し、取締警察官によつて一〇五キロメートル毎時の速度計指針を見せられ、かつ本署において、佐々木警察官の取調べをうけて交通切符の供述書に署名、指印する際にいたるまで、一〇五キロメートル毎時の速度違反については疑念を抱いていたこと。」が認められるのであり、この点、証人工藤、同佐々木は、被告人は現場ですなおに違反を認めていたと供述するのであるが、証人佐々木は、取調べの当初被告人は一〇五キロメートル毎時はでていないと述べたと証言しているうえ、証人小山内、同杉沢ら同乗者は現場において被告人から違反速度をきくと一様に一〇五キロメートル毎時の速度に疑問をもつたというのであり、また深夜にかかわらず被告人を本署に同行を求めていることおよび具体的詳細にわたる取締り時および取調べ時の状況についての被告人の供述に照らすと、前記証人佐々木、同工藤の供述は信用できず、かえつて被告人の佐々木警察官に対する供述書は、その任意性の欠けるものとはいえないまでも、被告人が一〇五キロメートル毎時の速度違反を納得して署名指印したものとは認めることができない。

(ロ) 証人佐々木は、取調べにあたつて被告人に対し、被告人運転車両が一時停止していたことおよびその場所を説明し、被告人も高屋敷駐在所のところに停つていた旨供述した旨の証言をするが、前記((一)の(2))のとおり、「被告人は、取調べが終了したのち一人できて、停つていたのだからそんなに速度はでないと申してきたので、そんなことは検察庁で話すようにいつたところ、被告人は納得して帰つた。」旨供述するのであり、同証人の供述の全体を通じても、被告人が同証人からその主張するB点またはその周辺に一時停止していた旨の説明をうけたことおよび被告人がこれを認めたとは信じ難い。

(ハ) 被告人は、現地に赴いたいきさつについて、「交通切符に署名指印したのち、一時停止して発進したのであるからそんなにでていないというと警察官は“なに、停つていたつて。”というので友人三名を玄関から呼んで入つてもらつた。そして横断歩道橋から二〇〇メートル手前のところに一時停止していた、現場をみてくれといつたが警察官はきいてくれないので、あとでうるさくなると思つて自分で速度を実験するため現場にいつた。」と供述し、「警察官は、自分らの車は全然停つていなかつたといつていた。」旨主張するところ、前記のとおり証人佐々木は、「被告人は取調べ終了ののち一人できた際、一時停止していた旨申立てたこと、ついで三、四人と一緒にきた際、被告人が横断歩道の手前に一時停止していた旨述べたこと、被告人が取調べ終了ののち三回ほどきたのはそんなに速度はでていない実験してくれという趣旨であつた。」旨を認めるのであり、また証人工藤は、「交通切符の作成が終つて被告人が一旦外に出てまたきた際、歩道橋の手前に停つていた、違反しているかもしれないがそんなにでていないと被告人がいつていた。」と供述しているのであり、以上の点と証人小山内、同杉沢の供述とを対照すると、被告人の前記いきさつについての供述のうち、佐々木警察官が被告人運転車両は全然停止していなかつたと述べたという点は、にわかに信用できないが、「被告人が供述書に署名指印したのち、一時停止したこともしくはその地点について同警察官と被告人との間で問答がかわされて被告人が友人三名を玄関から署に呼び入れて、更に被告人は「横断歩道橋の手前に停止し発進したのだから、違反はしているかもしれないが一〇五キロメートル毎時はでていない、現地で実験して欲しい。」旨申立て(おそくともこの時点で、佐々木警察官は、被告人の右弁解の趣旨を了解したものと認められる。)、右申立に対して佐々木警察官は取調べがすんだことを理由になおもこの申出を拒否したので、被告人らは一〇五キロメートル毎時の速度に疑念をもつて、自車で自ら速度を試みるべく現地に赴いたものである」ことが認められる。

(3)  以上のように、被告人は取締りの当時からその強弱の程度は異なれ一貫して一〇五キロメートル違反を否認しているものであり、被告人が現地に赴き速度を測定するにいたつたいきさつ、その間の前記事情によると、被告人が速度測定のため現場に赴いたのは、その動機において自然であり理由があるというべく、また現場に赴く以前において、すでに一時停止したこと、その場所は横断歩道手前である旨取締り警察官に申立てているのであり、かつ現地で速度を実験して欲しい旨の再三にわたる申立の趣旨には、短い距離を走行したのであるから一〇五キロメートル毎時の速度は疑問がある旨を当然包含するものと解されるのであるから、この点についての証人小山内、同杉沢の各証言とを併せ考察すると、被告人らが現地において速度を測定するため走行したと認められる本件横断歩道橋の手前イ点に、被告人運転車両が一時停止したのち発進したと認めるべき相当な理由があり、そうすると本件現場における三〇〇メートルないし三四〇メートルの間を、成人三名を同乗させて普通乗用自動車(パブリカ一、〇〇〇C・Cクラス)で発進しかつ停止する走行間に、最高速度一〇五キロメートル毎時を記録するとは、被告人らの速度測定の結果に徴するまでもなくたやすく認められない。

もつとも、被告人は、「佐々木警察官に対し、本署において、当初こちらから二番目の横断歩道橋の手前に停止したと誤つて話をした。」と供述しているところ、本件杉沢横断歩道橋から青森よりに約二、九〇〇メートルの地点に、大釈迦横断歩道橋があること昭和四七年五月一七日付松木巡査から検察庁に対する電話受書により認められるので、右被告人の供述する横断歩道橋は大釈迦横断歩道橋を指示することになるが、右歩道橋は、証人佐々木らが指示するB点からは約二、〇〇〇メートル、被告人の指示するイ点からは約三、〇〇〇メートル青森よりにあることになるから、被告人が速度の測定に赴いた事情に照らし、被告人らが右大釈迦横断歩道橋の手前地点を、本件杉沢横断歩道橋の手前地点と誤認してイ点を選定し走行したものとは認め難い。

なお検察官は、証人杉沢の一時停止地点の特定があいまいであり、同証人は一時停止した地点から、「石沢商店」の看板が見えたとするがこれは事実に反すると主張し、昭和四七年五月一九日付宮城巡査から検察庁に対する電話受書によれば、柳の木が視界をさまたげ見透しできない旨の記載がある。証人杉沢は、なるほど一時停止した地点の特定として、「その地点は石沢商店の看板が見え、右商店から弘前よりに一〇〇メートルの地点であり、横断歩道橋から一〇〇メートル弘前よりの場所である。」と供述し、検証の結果に徴し不明確な特定といえるが、しかし、同人は、検証現場において「石沢商店」の看板を指示するところ、右指示する看板は、イ点から十分見透しのできるものであり、(検証調書添付写真一四号)、もともと自認するように本人は現地付近の地理に不案内であるから、前記証人の供述をもつて、被告人および証人小山内らの指示特定するイ点と異なる地点を指示したものとは解されない。(同証人らは前述のとおり、現地において二、三回にわたり速度の測定をしているものであるから、その地点が合致することはむしろ当然である。)

以上のとおりであるから、被告人が現地で速度を測定する際、作為的または誤認に基づいてイ点を選定したとする検察官の主張は、被告人単独または友人らとあいはかつて一時停止点を新たに設ける機会はあつたといえ、これを認める証拠はなく、肯認できない。

よつて被告人運転車両が一時停止し発進した地点に関し、証人佐々木、同工藤の証言と対比し、被告人の主張をたやすく排斥できないものがある。

第四、証人佐々木、同工藤の被告人運転車両に対する速度測定行為について、

すでに記述したとおり、証人佐々木、同工藤の被告人運転車両が一時停止し発進した地点の証言はあいまいであると認められるうえ、被告人の前記主張をにわかに排斥できないものと判断されるのであるから、B点、イ点および本件横断歩道橋の関係位置を対照するとき、取締り警察官が、前記のとおり被告人運転車両との間隔を歩道橋下付近において四〇ないし五〇メートルに保ち、歩道橋から約二〇〇メートル走行した地点で速度測定のためのボタンを押し、一〇五キロメートル毎時の速度計指針をえたとする事実もまた当裁判所は確信するにいたらないのである。

もつとも被告人は、取締りのため停止した際、警察官から一〇五キロメートルの速度計指針を示されたことは争わないのであり、証人小山内は、被告人に呼ばれて署に入つた際の見聞として、「佐々木警察官は、ずつと青森よりの方で速度違反を現認し、追つてきてつかまえたように話していて、話がくい違つていた。」旨供述するが、被告人のこの点についての供述と対照しても右小山内の供述は信用するに足りないが、もともとパトカーの速度計は自車の瞬間的速度を表示するものであつて、証人佐々木が供述するように、測定対象車と同速を維持したうえ測定するのがその正確性の前提要件というべく、右のとおり被告人車との間隔を保つて測定した事実につき確信のできない本件については、前記速度計の指針の表示のみによつては被告人運転車両の速度を認定するための客観的資料とならないこと当然である。

第五、被告人の反則行為の有無

最後に、本件につき被告人は当公判廷において、証人小山内は当裁判所に対する尋問調書で、取締りの直前に走行した地点間ではせいぜい七〇キロメートル毎時の速度であつたと供述し、被告人の検察官に対する供述調書においても七〇キロメートル毎時はでていたようだと供述するので、この点について判断するに、被告人は、第一回公判期日および検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書においては、六〇キロメートル毎時で走行した旨の供述もしていること、両名は現実、走行時に自車の速度計をみたうえでの供述ではないと述べていること、また前記供述はパトカーの速度計指針が七〇キロメートル毎時を表示しているのなら認める趣旨とも解されるのであるから、推測的供述の域を脱しないものと認めるのが相当である。よつて前記被告人の供述をもつて本件公訴事実につき法定最高速度六〇キロメートル毎時を一〇キロメートル毎時超過する七〇キロメートル毎時で走行した事実を自白したものとは認められず、またパトカーの速度計が一〇五キロメートル毎時を指針していた事実は、被告人運転車両の速度を認定するための客観的資料とはなりえないこと前記のとおりであり、ほかに右速度違反の事実を認める的確な証拠はなく、本件公訴事実を通じ被告人の反則行為(道路交通法一二五条)を認めることもできない。

第六、結語

よつて本件公訴事実はその証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

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